水臭いと書いてくれたので、今の湧く気持ちを書く。

ミキさんの書く記事は自分を表現する目的ではなくて、一つのメディアの様な役割りを持たせているんじゃないかなと思う。だから、そこで彼自身の内面を吐露することを求めるのは検討違いだろうし、余計なお世話というか、勝手な事言うなよって事だ。

彼は記事の中で人格者だ。実際そんな感じ。会った時は今までで一番安らいだし、嫌な感じがしなかった。

でも私はあの日のラインのやりとりの内容に納得いっていない。アレ?という思いはそのままある。他者に対する考え方を説くのに、菜穂ちゃんのやり方を一方的に批判していた。「批判」は悪くないとしても、その内容に私は納得いってない。人のビジネスに対してそれは大きなお世話だろうと思っているし、嫌なら自分は申し込まなきゃいいだけだし、そのメニューにあんな風に、本人のいないところで批判して「皆んなと話してスッキリした」と喜んでいたのが引っかかっている。その話に乗ったのは綾ちゃん一人なのに「皆んな」と表現する辺り。自身はプライベートトークを受けてもいないのに値段を高いと批判する辺り。受けてもいないのに価値なんて分かるんかい。私も高いと思った。でも、高いと言って批判するような事じゃない。富裕層ビジネスとまで言った。あんまりに稚拙なやりとりだと感じた。

私の「夜にラインしません」というメッセージも読み違えたのか「あとでね」と返している。典子さんの「パッと手放したらええんよ」というメッセージにも止まらない。のんでゅありてぃの仲間とは思えない、そう思って私はラインを抜けた。抜けた事自体に後悔は1ミリもない。


この間の私の誕生日に、あの抜け方について私は謝った。彼からは、全然気にしてないよ〜と。意外な返答だった。謝ったところを勘違いしているのか?ちょっと水臭いと思ったけど、と。水臭いとは何についてなのか分からなかった。私はやんわり柔らかくショックだった。彼は私側の行為に批判的なマイナスな視点を持っているのかもしれない。私はそういうつもりで謝ったんじゃないけど。私は批判的視点をはっきり持って抜けたんだけど。何だかずっと、彼とはしっくり来ないやりとりだ。


彼の、人格者的な記事を読むと、少し気が滅入る。本当なのかと疑う気持ちもある。パーフェクトな人なんていないのは当然中の当然だけど、私はコウケツさんの手紙の自身のマイナス面を表現している「あの分厚く難しい本は自分を隠す為だった」というくだりを読んでから、美しいばかりの表現に、嘘くささを疑っている。


あのラインのやりとりが実はまだ引っかかっているという事が、浮上している。